テレワークが先導するトランスボーダー社会-新たな価値創造のための政策提言-

2013年7月6日       日本テレワーク学会

1.はじめに
テレワークはこれまでも、ICTを活用した場所や時間にとらわれない柔軟な働き方として、個人、企業、社会に対して様々な効果が期待されてきた。しかし、今日のグローバル化の急速な進展、クラウドやソーシャルメディアの登場などのICTの利活用環境の高度化、さらに社会のなかで存在感を増しつつあるデジタルネイティブの登場は、テレワークを新たな段階へと導いている。
そこで、日本テレワーク学会では、あらゆる分野で境界が消えて、相互に影響しあう現代の社会をトランスボーダー社会と位置づけることにより、あらためてテレワークの意義や効果を再検証した。この作業により捉え直すことのできたテレワークの持つ新たなポテンシャルを背景に、テレワークが我が国の活力ある未来を創造するために求められる政策をここに提言する。

2.我々を取り巻く環境変化
■トランスボーダー社会の到来
境界のなくなる社会が生まれつつある。すなわち、男性と女性、若者と老人、職場と家庭、仕事とプライベート、さまざまなところにあった境界が低く、あるいは微かなものとなり、人々はその境界を軽々と超えることができるようになってきている。トランスボーダー社会の到来である。境界を超えることにより、新たな繋がりが生まれ、それがまたイノベーションの源泉ともなっている。

  • 世界中に仕事を出し、世界中から仕事を受けることができる、クラウドソーシングは国境を越えた働き方の典型例である。クラウドソーシングの提供企業は成長を続け、日本でもその利用者は増えている。
  • 企業の壁を越えたオープンイノベーションは、革新的なビジネスモデルを産み出す源泉となっている。

■あらためて認識すべきデジタルネイティブの存在
そして今、そうした境界のない世界を自由に動き回る人たちが増えている。デジタルネイティブと言われる人たちである。彼ら、彼女らは、生まれたときから情報機器が身の回りにあり、情報機器を体の一部のように使いこなして他人とつながり、情報の海の中を巧みに泳ぎ回る。人と人との境界ですら超えてしまうような自由な動きの中で、デジタルネイティブたちは、現代のイノベーションの担い手となっている。

  • 従来、ともすれば組織の中の変わり者や問題児と考えられてきた人たちが、新しいビジネスモデルを創り上げていく主人公となっている。

■「価値創造の仕組み」となったテレワーク
そうしたトランスボーダー社会の中で、働き方もまた変化している。「仕事」を「付加価値を生み出す活動」と定義すると、これまで仕事につきものであった職場や勤務時間といった境界の概念は消え、現実的に時間と場所にとらわれない価値創造活動が「仕事」となる。こうした新しい時代の価値創造の仕組みがテレワークである。
これまでテレワークは、ともすれば働き方の一つのかたち、あるいは業務効率化のツールとして考えられてきた。しかし、今やテレワークは、境界の消滅という私たちを取り巻く社会で起きつつある大きなパラダイム転換を語るキーワードであり、世界各所で同時に起きている文化の多様な変化を触発する可能性が期待される。すなわち、時間・空間を超えて、保有資源の付加価値を高めていくメカニズムにおける大きな役割を担っているのである。

3.イノベーションの担い手が活躍できる環境づくり
今、私たちの周りでデジタルネイティブが、現代社会のイノベーションの担い手として存在感を増しつつある。彼ら、彼女らは、携帯、スマートフォン、タブレットといった個人が持ち歩くことを想定した情報機器を、自然に使いこなす。例えば、学生たちにグループでフィールド調査を行わせると、自宅に戻ってからスマホや携帯を使って、LINEやTwitter上でディスカッションをし、画像を共有し、レポートを作成して提出してくる。
しかしながら、こうしたデジタルネイティブたちが、新しい情報機器を思いのままに価値創造活動に使いこなすためには、様々な社会的制約、経済的制約が横たわっている。こうした制約を政策的に撤廃することが求められる。

■積極的なBYOD推進の支援

  • 職場から自宅までシームレスに同じ環境で機器を使いこなすには、従業員が私物の情報端末などを業務で利用できるBYODが不可欠になる。Dropboxなどのオンラインストレージの活用は、価値創造のスピードと品質を高めるのに大いに役立つ。個人端末やソフトの使用はセキュリティの観点から禁止している企業は多いが、そうした社内規則を撤廃することのメリットの大きさを認識すべきである。企業に対してBYODのメリットを啓発すると同時に、セキュリティ技術向上のための研究開発、ソリューション・サービスの提供を推進することが必要である。
  • 大企業も中小企業も、リソース(資源)が稀少な時代に、個人を最大限に活かすためにBYODをポジティブに捉え直して後押しする必要がある。ところが、価値創造活動に利用する情報機器を個人で所有するには経費が掛かる。企業が導入する情報機器は経費として処理されるが、個人の機器はそうした税制上のメリットはなく、ランニングコストも自己負担となっている。
  • イノベーションの担い手たちの価値創造活動の拠点にするため、まず特定のエリアにおいてBYODの推進のための個人に対する経済的支援制度(所得税控除、購入資金補助、ランニングコストの補助等)を導入して、その有効性をひろく社会に周知させてはどうか。

■知識・情報の習得や技術力向上のための支援

  • 情報機器・デバイスの普及とともに、人々の情報利活用の環境や条件は様変わりしつつある。ICTを思いのままに使いこなすデジタルネイティブのみならず、全世代にわたってICTを使った価値創造活動を円滑に行うためには、日々新たな知識・情報を習得し、操作を行い、実践的に活用していくことが、求められる。イノベーションの担い手であるテレワーカーが、日々進展する知識や情報を取得し、技術力向上を図るため、各種研修制度や再教育制度を充実していくことが求められる。
  • あわせて、テレワーカーのスキル・能力を最大限に引き出し、有効に活用できる経営者やマネジメント層に対する教育、啓発活動が重要なことはいうまでもない

■ICT利活用拠点としてのテレワークセンターの整備

  • 大都市圏のみならず、地方圏においても、情報へのアクセスを容易にし、テレワークを実施できる環境を整えていくためには、ICT利活用拠点としてのテレワークセンターの設置・充実が求められる。それはこれまでのようなハコモノではなく、人々が気軽にアクセスし、活用し、交流できる空間であり、集まることによって、価値が高まるような空間である。情報機器を駆使してオフィスだけでなく様々な場所で仕事をする新しいワークスタイルのノマドと言われる人たちが、どんどん集まってくる場を提供していくことが望ましい。
  • テレワークセンターの整備に際しては、まず特定のエリアで、コンビニエンス感覚で活用できるように、一定数を面的に整備を進めるとともに、それを全国に広めるために商工会議所などの産業支援機関を活用して拠点的に整備することが効果的である。

4.新たな価値創造の仕組みづくり
■求められる制度改革、マネジメント改革、マインドセット改革
今日、仕事のあり方が大きく変化している。これまでの仕事は、通勤する、会議を行う、書類を作る、人に会う、といった目に見える行動を示す言葉で表現できた。これからの仕事では、考える、発見する、探し出す、結び付けるなど、頭の中の動きで表現される作業が増えてくる。
この結果、人や組織や社会が、時間や空間の制約を超えて、出会ったり繋がったりすることで生み出される付加価値を拾い上げていく作業(=価値創造活動)が、これからの仕事の中心になる。そこでは、時間や場所の制約にとらわれない働き方、すなわちテレワークが働き方のスタンダードとなっている。
私たちが、テレワークというかたちで新しい価値創造活動を行っていくにあたっては、旧来型の時間と場所に縛られる働き方を前提とした多くの既存制度が意味を持たなくなる。つまり今こそ、境界を越えて、個人・組織のコンピタンスをあげていくための支援、制度改革、マネジメント改革、マインドセット改革が求められる。

  • 現在の労働法は、伝統的な労使関係の概念に基づいて構築されているため、新しい働き方をするテレワーカーたちの活動を支援しきれていない。雇用の概念を再定義して行くことが必要である。
  • 新しい働き方として、育児・介護休業中の社員に対してテレワークの選択を認めるような仕組みを制度化する必要がある。
  • クラウドソーシングの急速な普及を背景に、個人のポテンシャルを最大限に引き出すため、マルチプルジョブ、部分雇用・部分請負を柔軟に行えるよう、就業規則などの制度や規範の改革が必要である
  • 仕事を出す側と受ける側の関係は、従来の元請、下請との関係よりも複雑化している。テレワークスタイルを前提とした下請法等の整備が必要である。

5.実現が期待される社会
新たな価値創造社会では、テレワークの導入・普及により、「空間」、「人間」、「活動」のそれぞれにおいて新しい関係が生まれる。

  • 「空間」においては、時間と距離の関係が限りなくゼロになることでコスト構造が変化する。新たな関係を活用できた企業は、業務の効率化を達成し、これからの国際社会において競争力を確保することができる。
  • 「人間」においては、ワーク・ライフ・バランス社会が実現する。時間や場所の自己コントロール権が尊重されるとともに、人々の意識や行動が「見える化」されることで、相互配慮、相互尊重が進んでいく。子育て、介護、ボランティアや知識・情報の習得や啓発活動など、ライフステージや生き方の多様化に対応した、各個人の選択が容易な社会が到来する。
  • 「活動」においては、通勤スタイルやオフィス形状が適正に見直されることで、省エネルギーや地球環境との共生が実現し、持続可能な社会が実現する。また、大規模災害、パンデミック時の事業継続が可能となり、レジリエントな社会も達成される。

テレワークはこうした希望ある未来を現実化するための重要なキーワードである。

6.おわりに
日本テレワーク学会では、ここ2013年度研究発表大会(北見大会)において、テレワークを通じた我が国のあり方に関わる政策提言を行った。この提言は、現在起こりつつあるトランスボーダー社会の到来という社会変革の中で、新たな価値創造のために我が国がとるべき方策を示したものである。この提言を受け、未来に向かって活力に満ちた社会が創り上げられていくことを期待する。同時に、学会としては、この提言を支える理論的研究や新たな価値創造プロセスに関する実証研究などの研究課題に取り組んでいく決意を示す。

teigenのコピー

<用語説明>

■デジタルネイティブ(digital native) 

ガートナーのPeter Sondergaardが名付けた名称.生まれながらにITに親しんでいる世代をさす。(Wikipedia)
木村によると、日本では、デジタル技術に学生時代から本格的に接した世代とし、およそ1980前後生まれ以降を指す。2000年代から2010年代は、デジタルネイティブ世代が社会全体においても、ネット利用人口においても存在感を強めていく過程にある、とする。さらに、デジタルネイティブ4世代として、第1世代~第4世代を定義している。

  • 第1世代(~1982年生まれ)
    ポケベル、ピッチ世代。コンテンツが不十分で、ストラップ、デコレーション、絵文字などで自己表現。「デジタル移民」の要素が強い。
  • 第2世代(1983~1987年生まれ)
    高校時代、パケット代を気にしながら携帯メールを使う。PCチャットに小中学校ではまる人も。大学時代にミクシィが始まり、急成長を担う中核世代に。
  • 第3世代(1988~1990年生まれ)
    女子中高生の間で携帯ブログ・リアルが大流行。高校でパケット定額制となり、SNS、動画サイトが普及。ブロードバンド常時接続は中学生で経験。
  • 第4世代(1991年生まれ~)
    小学校でPCの授業。中学からパケット定額制となり、複数のSNS、ブログを使い分ける。オンラインだけの人間関係、ボットも生活の一部に

(木村忠正著『デジタルネイティブの時代』平凡社新書、2012年刊)

 

■クラウドソーシング( Crowdsourcing )

 Crowd(群衆)からSourcing(調達)するという「主にICTを活用して不特定多数の人材プールから地理的な制約なく労働に必要な人材を調達する」という考え方である。

(Jeff Howe (2009)、「クラウドソーシング:みんなのパワーが世界を動かす」、中島由華訳、ハヤカワ新書、“Crowdsourcing: Why the Power of the Crowd is Driving the Future of Business”, Brockman, Inc, 2008.)

 

■LINE(ライン)
韓国最大のIT企業NHNの日本法人、LINE(旧:NHN Japan)のブランドであるNAVERが提供する、携帯電話(スマートフォン・フィーチャーフォン)・パソコン向けのインターネット電話やテキストによるチャットなどのリアルタイムのコミュニケーションを行うためのインスタントメッセンジャー。通話やチャットを行いたい相手同士でこの無料通信アプリをインストールしておけば、通信キャリアや端末を問わず、相手とインターネット電話やチャットを行うことができる。(Wikipedia)

■Twitter
140文字以内の「ツイート」と称される短文を投稿できる情報サービスで、ツイッター社によって提供されている。「ミニブログ」 「マイクロブログ」のカテゴリーに該当する。Twitter社は、「社会的な要素を備えたコミュニケーションネットワーク」であると規定、SNSではないとしている。(Wikipedia)

 

■BYOD(Bring Your Own Device)
企業などで従業員が私物の情報端末などを持ち込んで業務で利用すること。私用で普段から使っているスマートフォンなどから企業の情報システムにアクセスし、必要な情報を閲覧したり入力したりすることなどを意味する。(IT用語辞典)

 

■Dropbox
オンラインストレージとローカルにある複数のコンピュータとの間でデータの共有や同期を可能とするオンラインストレージサービスである。(Wikipedia)

 

以上